三国志1 三国志I 三國志1 三国志I

 ハンドブック紹介

 

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   三國志 ハンドブック 注釈  
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●備考

 タイトル部分のリンクは、リンク元に戻るためのリンクである。
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第1部

福祉国家戦略

 『V事典』の198ページ、「福祉国家戦略」参照。



荒廃の一途をたどる

 『W事典』の118ページ、「住民反乱」参照。



知力の差が「3」必要

 『光栄ゲーム用語辞典』の138ページ、「書物」参照。
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その他
呉の孫亮

 孫権の息子。呉の第2代皇帝。『三國志』シリーズでは『W』から登場。彼が蜜漬梅を食べようとした際、蜂蜜にネズミの糞が混入していたことから、保管役が処罰されそうになった。しかし、孫亮はネズミの糞を割り、中が乾いていたことから、直前に混入されたものであることを見抜き、保管役を陥れようとした配膳役の宦官を罰したというエピソードがある。
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仮想戦記
公然の秘密

 『三国志演義』などでは、諸葛亮の5度の北伐についていろいろと粉飾しているが、撤退のたびに戦果は帳消しとなり、何ら成果を残すところがなかったというのが事実である。

 これについて、陳寿は諸葛亮を「然連年動衆、未能成功。蓋應變將略、非其所長歟(連年兵を動かしたが、成功はしなかった。おおよそ、状況に応じた軍略は、彼の長じるところではなかった」と評価した。

 結果を見れば、この評価は妥当なものであると思われるが、後世の人間は、陳寿は諸葛亮および彼の一族に含むところがあったと見なし、陳寿の人間性を非難することで溜飲を下げた。

 なお、陳寿は政治家としての諸葛亮の資質は極めて高く評価しており、諸葛亮を貶める意図は全くなかったといっても過言ではない。しかし、このレベルの批評でさえ許されないというのは、あまりいい気分はしない。
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各種攻略情報
都のある例の国

  『光栄ゲーム用語辞典』の92ページ、「玉璽」参照。



周瑜に一蹴されている

 『三國志Zパワーアップキット攻略全書』の60ページ参照。この作戦を行うためには、「空白地でも毎年収入がある」というルールが不可欠であるが、例に出した『三國志Z』をはじめとして、ほとんどのゲームでは採用されていない。よって、この手段を使えるゲームは限られている。



道義に背く行為

 Wikipedia参照。



4種類の武将のタイプ

 武将の能力から「武力型武将」、「知将」、「カリスマ型武将」に分類しているが、さらに「知将」の上位種として「軍師型武将」を設けている。「知将」と比較すると、「軍師型武将」は、「手紙」や「金」の効果が低いようである。



「忠誠度」が低下する

 Wikipedia参照。
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実戦!バトルレポート
張飛の「知力」まで上げてからゲームを進める猛者

 『W事典』の283ページ、「劉備」の項参照。ちなみに、これに関連する記事自体は284ページにある。
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三國志武将名鑑
以降のものとは表記が異なる武将がいる

 『光栄ゲーム用語辞典』では「朱儁」が「朱雋(132ページ)」、「荀攸」が「旬攸(133ページ)」と表記されている。ただし、本書では両人とも一般的な表記となっている。



郭象

 Wikipediaによる。なお、彼は252年生まれであるため、司馬懿が曹爽一派を粛清した翌年に生まれ、28歳の時に晋による三国統一を体験したことになる。



向秀

 Wikipediaによる。司馬昭が権勢を振るっていた時期の人である。



この略歴の人物

 本書の略歴で語られる李豊は、『[』のパワーアップキット版の追加武将として初登場した。また、本作の李豊は『V』まで登場しているが、『]』で再登場するまで出番がなかった。

 『X』から『[』にも李豊は登場しているが、この人物は李厳の息子であり、上記のいずれの人物とも異なる。『\』では魏の李豊と蜀の李豊が同時に登場し、『]』では袁術の部下の李豊が再登場することにより、3人の李豊が同時に存在することになった。
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読み物
この時代は「秀才」と呼ばれてたという

 Wikipediaによる。
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