ハンドブック紹介

 

   項劉記 ハンドブック 第五部   


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項・劉爆闘

両雄激突の歴史

 第五部は全武将のプロフィールを紹介しているが、項羽と劉邦に関しては、彼らの戦いの年表と、人物、出身地の比較が話題の中心であり、彼らのプロフィールそのものは掲載されていない。ちなみに、本作の時間の流れは、およそ5年である。



勝敗の原因

 本項では、劉邦が勝利し、項羽が敗れた原因を、彼らの故郷の風土に求めている。すなわち、劉邦は小麦地帯の人間、項羽は稲作地帯の人間であり、戦略的、政略的には不可解な彼の行動を、米食文化から離れられなったためであると推測する。

 項羽に限らず、南方で成立した国家が中華統一を果たした例は、明を唯一の例外として存在しない(*)。これは、彼らが南方の食文化の豊かさに慣れ、北方に出ようとする意志が希薄なためであるという。笑い話にも思えるが、だからこそ、かえって真実味があるように思われる。
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人物解説

●概要

 本書の人物解説は、150〜153ページで張良、韓信、蕭何、范増の4人を1人につき1ページで解説した後、154〜187ページで残りの人物を50音順に紹介している。人物のプロフィールとデータは別々に掲載されているが、これは「スーパーガイドブック」と同じく、一括してしまった方が良かったのではないかと思われる。



●その失敗とは、
  楚の王族の子孫・懐王を擁立したことである(153ページ)


 本書では、「鴻門の会」など、范増の献策の多くが失敗に終わったことを挙げ、彼の能力を疑問視しているが、その代表的なものが見出しのものである。しかし、これはもともと項羽ではなく項梁に対する献策であることを忘れてはならない。

 項梁は、懐王の推戴によって権威と「楚の再興」という大義を得ることに成功している。この時点では、范増の献策も失敗とは言えないと思われるのである。問題は、情勢が収まりきらないうちに項梁が戦死し、その跡を継いだ項羽には、范増のプランが合わなかったことである。



●どうも打つ手は失策ばかりという感じだ(153ページ)

 これも范増のこと。本書では、上述の懐王擁立の他にも、秦兵生き埋めや義帝弑逆などの項羽の暴虐を止められなかったこと、秦兵生き埋めの対象とならず、それゆえに秦人から憎まれた章邯らを秦に封じたこと、「鴻門の会」で劉邦を殺せなかったことなどを范増の失態として列挙する。

 しかし、懐王の擁立については、同じく上述のとおり、項梁に対する献策として見れば、失策とは言えない。また、「鴻門の会」における劉邦暗殺の勧告自体も、最終的に項羽と劉邦が覇を競う事態になったことを考慮すれば、誤りであるとは言えない。これについては、本項にもあるように、思案自体よりも実現できなかったことが問題であると言える。

 また、本書では触れられていないが、范増は、項羽と劉邦が陽に対峙していた際、劉邦からの講和の提案に乗り気であった項羽に継戦を主張し、劉邦を絶体絶命の危機に追い込んでいる(*)。この間の陳平の離間策にって范増は項羽のもとを辞しているが、包囲自体は継続され、最終的に劉邦は紀信を身代わり同然にして逃走している。

 これらのことからすれば、范増の献策が「失策ばかり」とは言えないと思われる。さらに言えば、「鴻門の会」の失敗は張良の策謀、「陽の戦い」の失敗は陳平の謀略によるものであり、范増の計画が妥当なものであったからこそ、彼らが范増の計画を取り潰したともいえる。



●軍師として、主項羽と本当に意思の疎通がとれていたかどうかさえ
  怪しいところである(153ページ)

 范増と項羽の関係を語る際に、意外と盲点になっている部分である。項羽と范増が意見を一致させた事例は、秦滅亡後の諸侯の処遇と、「陽の戦い」における戦争継続の同意くらいものであり、それ以外の項羽の決断には、范増は関与していない。

 例えば、秦兵生き埋めと義帝弑逆の場合、項羽は黥布らに命を下したことは確実であると思われる(*)が、そこに范増の姿はない。また、劉邦に懐柔された項伯が項羽に劉邦の殺害を思いとどまるように説得した際にも、やはり范増の姿は見えないのである。

 ちなみに、鴻門の会の直前、范増が項羽に劉邦を殺すように進言した際にも、項羽がどのような反応を示したかは不明である。そもそも、彼の提案に同意したかどうかさえ分からない。これらのことからすると、項羽にとっての范増とは、例えば劉邦にとっての張良のような存在ではなく、あくまでも助言者でしかなかったように思われる。



●後漢末に活躍する夏侯一族の祖である(156ページ)

 夏侯嬰のこと。つまり、彼は三国時代の夏候惇、夏侯淵らの先祖であり、父は夏侯家から曹家の養子になった曹操もまた、彼の子孫ということになる。しかし、近年のDNA鑑定の結果、実際には血縁関係にないことが明らかになったようである。

 ちなみに、彼の項目に限らず、本書の各所には三国志と関連させた情報がある。『三國志』シリーズが光栄の看板であり、それに対して「項羽と劉邦」の時代はマイナーであることからすれば、三国志の情報を絡めて読者の興味を引くことは、良い手法であると思われる。



●『三國志』の登場人物の先祖たち

 夏侯嬰以外に、『三國志』と関係がある本作の登場人物は、以下のとおりである。ちなみに、前述の夏侯嬰と夏侯一族、本書165ページに司馬懿の先祖であるとする情報が掲載されている司馬については、ここでは省略する。なお、彼らについても、曹操と夏侯一族のように、あくまでも伝承にすぎない可能性がある。

項劉記 三國志 ページ
劉邦 帝室劉一族 146
呉鋼 165
鍾離眛 鍾離牧 170
曹参 の曹一族 173
雍歯 181
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人物データ表

●概要

 武将のデータは1ページ内にまとめられている。武将のマスクデータである「登用」、「義理」、「君好」、「性格」は掲載されているが、外交能力の有無と各シナリオごとの所属に関する記述はない。

 これらのうち、外交能力の有無は68ページの「外交能力のある人物」と144ページの「『項劉記』TOP30」の「用兵力」が「80」以上の武将、シナリオごとの所属は「第三部 覇道の章」に情報がある。



●マスクデータ

 本作のマスクデータである「登用」、「義理」、「君好」、「性格」のうち、「登用」は下記に詳細を記した。「義理」は、低いと離反しやすくなる。残りの2つについては、リンク先の項目で触れている。



登用

 「君好」が「1」の武将は、「登用」が「1」で必要な「敬慕度」が「50」、「4」で「65」となる。つまり、「登用」が1段階上がるごとに必要な敬慕度は「5」上がることになる(*)。

 しかし、「君好」が「2」の武将については、「登用」が「1」で必要な「敬慕度」は「80」であるが、「登用」が「4」の場合に必要な「敬慕度」は「90」とあり、計算が合わなくなる。実際に数値がより小刻みになっているのか、「敬慕度」が「95」の誤記なのかは、現状ではわからない。

 「君好」が「3」の武将については、「君好」が「3」で「難易度」が「1」の場合、必要な「戦闘力」は「55」であり、「難易度」が「4」の場合は、自分と盟主の「戦闘力」が同等でなければならないという(*)。おそらくは「君好」が「4」の武将も「戦闘力」が「統率力」に代わっただけで、基本的には同じであると思われる。

 この設定ならば、例えば「戦闘力」が「56」の劉邦に「戦闘力が「89」で「登用」が「4」の竜且が劉邦の家臣にならないことにも納得がいく。しかし、范増は「君好」が「3」で「難易度」が「4」であるが、彼の「戦闘力」は「22」しかない。そのため、劉邦でも簡単に配下に加えられることになってしまう。



●季布と周殷

 本作では一貫して項羽陣営に属する季布と、シナリオ3まで項羽陣営に所属する周殷は、最終的に劉邦に仕えたためか、劉邦寄りの「君好」をしている。劉邦でプレイしている場合は、誤って切り捨てないようにしたい。
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秦末を生きた男たち

●概要

 原則的には『項劉記』の一世代前の人物を紹介している。いずれも、『項劉記』の情勢に大きな影響を与えた人物ばかりである。もちろん、ゲームには直接関係しないが、こうした項目があることで書籍の内容にに深みが出ており、歴史的背景の把握としても非常に有用である。ちなみに、本項で紹介されている12人のうち、シナリオ1の段階で生存しているのは懐王だけである。
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