ハンドブック紹介

 

   提督の決断 ハンドブック 巻頭・第一部  


_
基本データと本書の構成

基本データ

 本書から背表紙のナンバーがなくなり、執筆者が記載されるようになった。ただし、『三國志Uハンドブック』だけは例外であり、これには執筆者は記載されていない。



生頼範義

 本書のカバーイラストや挿絵には、彼のイラストが用いられている。これは描き下ろしではなく、カバーイラストはゲームパッケージ、挿絵はソノラマ文庫の「戦史シリーズ」からの流用となっている。
_
_
太平洋戦争小史

●概要

 第二世界大戦中の日本とアメリカの銃後の生活を対比させる読み物。戦時下の日本の窮乏ぶりはいまさら語るまでもないことであるが、アメリカでも、配給制の実施や金属の供出、家庭菜園の推奨など、日本と同じような生活の制限が課せられていたという点は興味深い。ただし、アメリカの場合は、それが極端な国民の負担にはならず、主に戦意の高揚に役立ったという。

 また、アメリカの場合、戦時体制による生産力の増強は、単に軍事面だけでなく、民政面をも充実させ、かえって銃後の国民の生活水準は向上した。さらに、女性が労働者として生産面を支えることで女性の地位向上、社会進出をも促している。本項では、「極端に言えば、米国は戦争のおかげで潤い、国民の生活水準も向上したという皮肉な見方もできる(7ページ)」という。



1940年12月7日午前7時55分(8ページ)

 真珠湾攻撃の記事であるが、出だしから年号を間違えている。もちろん「1941年」が正しい。



●米国は開戦後1年間は麻痺状態にになるほどの
  損害を受けてしまった(8ページ)


 本項における真珠湾攻撃の結論。本書の別項では、施設を徹底的に破壊しなかったことや空母を取り逃がしたことを何度も取り上げ、まるで作戦そのものが失敗であったような書き方をしているが、ここでは非常に冷静に結果をまとめている。「たられば」を繰り返す別項よりも好感の持てる書き方である。

 私見としても、この攻撃でアメリカ軍に大打撃を与えたことは間違いなく、日本軍は大きな優位を獲得したことは間違いないと言える。問題は、真珠湾攻撃そのものの不手際よりも、この攻撃で生み出したチャンスを生かし切れず、長期戦にもつれ込んだことであるように思われる。



昭和17年にサイパン、グアム、テニアン島が米軍の手に落ちると、
  米軍のB-29による本土空襲が始まる(13ページ)


 これも年代に誤りがある。正しくは昭和19(1944)年である。また、この項のタイトルは「米軍『反抗』」になっているが、守勢に回っていたアメリカ軍が攻勢に転じたのであるから、「米軍『反攻』の方が正しいと思われる。
_
_
第1部 司令長官指南

●各種図表

タイトル ページ 備考
『提督の決断』
ゲーム進行
23 _
シナリオ一覧 25 _
予算振り分け 25 予算「1」に対する増加率を紹介
将校能力 27 提督の能力の役割
編成 27 艦船の種類
補給 31 艦船と基地に補給されるパラメータ
修理、建造 31 _
会議 32 会議の議題
攻撃 35 効率的な攻撃の手順
寄港中その他 35 _



艦船の種類(26ページ)

 本作に登場する艦船の種類は正規空母と軽空母、弩級戦艦(*)と戦艦、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦および個艦としての個性を持たない兵員輸送船と燃料輸送船である。なお、本作の巡洋艦に重軽の区別はない(*)。



母港の価値(29ページ)

 本作の「修理」と「建造」は、「応急修理」を除くと母港でしか行えない。新兵器の「電波探信機」、「電波照準儀」などの塔際には「完全修理」が必要なため、これらを装備するだけでも母港に戻る必要がある。ちなみに、各種の「修理」には資材「7」、「ロケット弾」および「新型戦闘機」の搭載には、「1」のパラメータにつき資材「1」が必要となる。



会議(30ページ)

 会議は第1艦隊が母港にいるときにしか行えない。しかし、重点作戦目標の達成のためには、第1艦隊が母港にいてはならない(作戦達成時点で第1艦隊が洋上におり、母校に帰港することが目標達成の条件である)。このジレンマを解決するために、本書では第2艦隊以下を活用する手法を紹介している。



機雷(37ページ)

 機雷は1つの基地に3つまで配置することができ、敵艦船が機雷を敷設したHEXに侵入すると50%の確率でダメージを与える。218ページによると消費資材は「2」である。敷設は基地コマンドであるため、1日に1回しか行えないが、CPUは1日に3個同時に敷設することができる。
_
_
 ページの最上段に戻る                           ハンドブック紹介へ
_