●能力値
名前 稲葉正成 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いなば・まさなり 能力値 C C C C
生没年 1571〜1628 軍師
登場年 1587年 上昇 汎用
血族 ? 備考  
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1
S2
S3
S4
S5 小早川家 家老 名島城 2.5万石 足軽
S6
●略歴
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 1571〜1628。本来は尾張林氏(林秀貞らの一族)であるが、稲葉一鉄の家系に婿入りする。一鉄は「本能寺の変」後、羽柴秀吉に属したため、正成も秀吉に仕え、秀吉の甥の小早川秀秋が小早川家の養子として筑前名島30万石の大名になると、その補佐役として共に筑前に移り、5万石を領有した。その後は、妻が死去したため、同じく稲葉氏の一族に当たる福(後の春日局)を娶っている。

 正成は、秀秋に従って各地を転戦し、 「豊家の変」でも、西軍に属した秀秋に従った。西軍が伏見城を攻略すると、秀秋は病気と称して動こうとしなかったため、8月17日に大谷吉継に糾弾された。この時、正成は、平岡頼勝とともに弁明を行っている。

 9月15日の「関ヶ原の戦い」では、秀秋が西軍から東軍に寝返る決意をすると、正成は、頼勝とともに前衛を率いて吉継の陣地を襲撃した。秀秋の裏切りを警戒していた吉継は、秀秋に対する備えを怠っていなかったため、正成らの攻撃は一度退けられたが、これに乗じて東軍に寝返った西軍の諸将と、それを好機と見た東軍の諸将の支援により、吉継の部隊の撃破に成功した。

 「関ヶ原の戦い」の後、まもなくして秀秋が死去したため、正成は浪人した。さらに、1603年には、妻の福が徳川家光の乳母となるため、離縁することとなったが、1607年には徳川家康より美濃国本江に1万石を与えられ、松平秀康の息子の家老となった。その後、正成は「大坂の陣」にも従軍しているが、主家の転封に従わなかっため、蟄居を命じられた。しかし、1627年に再度2万石の大名として取り立てられ、その翌年に死去した。
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●ゲーム
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 シナリオ5にのみ登場。その存在意義は、「小早川秀秋が大名として登場している」という一点にあると見て間違いはない。能力は平凡であるが、身分が高いため、それなりの利用価値はある。なお、史実では、娘婿とは言え稲葉一鉄の孫にあたるが、ゲームでの設定は不明である。
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●能力値
名前 猪苗代盛国 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いなわしろ・もりくに 能力値 C D C C
生没年 1526〜1590 軍師
登場年 1542年 上昇 汎用
血族 猪苗代? 備考  
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1 1年後 与力 黒川城 0.0万石 足軽
S2 葦名家 与力 黒川城 0.2万石 足軽
S3 葦名家 与力 黒川城 0.2万石 足軽
S4 葦名家 与力 黒川城 0.3万石 足軽
S5
S6 葦名家 与力 会津若松城 0.3万石 足軽
●略歴
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 生没年不詳。猪苗代城城主。盛胤の父。1585年に隠居し、家督を盛胤に譲るが、後に盛胤の異母弟を後継者にしようと画策した。そのため、1588年に盛胤が猪苗代城を留守にすると、盛国は猪苗代城を占拠して伊達家に寝返り、翌年の「摺上原の戦い」でも伊達家の先鋒として葦名軍と交戦した。戦後、盛胤は5000石を得て引き続き伊達家に属し、その子孫も仙台藩氏として伊達家に仕えた。
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●ゲーム
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 ゲーム的には見るべきものはない。葦名家でプレイするならば、そこそこの身分と「外交」の「C」を活かして 「登用」や「ハイエナ作戦」を行うといった程度である。なお、 「忠臣属性」が「△」であり、経歴からも「内応」を行いやすいように感じられるが、特にそのようなことはないようである。
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●能力値
名前 猪苗代盛胤 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いなわしろ・もりたね 能力値 C D C D
生没年 1561〜1615 軍師
登場年 1577年 上昇 汎用
血族 猪苗代? 備考  
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1 36年後 組頭 ? 0.0万石 ?
S2 17年後 組頭 ? 0.0万石 ?
S3 6年後 組頭 ? 0.0万石 ?
S4 葦名家 部将 黒川城 0.3万石 足軽
S5 浪人 組頭 会津若松城 0.0万石 足軽
S6 葦名家 組頭 会津若松城 0.1万石 足軽
●略歴
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 1565〜1641。猪苗代城城主。盛国の息子であり、1585年に父から家督を譲られる。しかし、1588年になると、盛国は盛胤の異母弟に家督を譲り直そうと目論み、それがもとで親子は争うこととなった。1589年の「摺上原の戦い」では、葦名家に従う盛胤と伊達家に従属した盛国が交戦することとなったが、戦いは伊達家の勝利に終わり、盛胤は敗走した。戦後、盛胤は主君の葦名盛重らとともに盛重の実家である常陸の佐竹家のもとに逃れたが、後に盛胤は盛重のもとを去り、故郷で生涯を終えたと言う。
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●ゲーム
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 おそらくは盛国の元で元服すると思われるが未検証。能力値は父親よりも 「忠臣属性」が1ランク高く、「謀略」が1ランク低い。地味ながら、非常に史実を反映させた査定であると言える。しかし、いずれにしても五十歩百歩であり、大勢に影響を及ぼす存在でないということに関しては、非常によく似た親子である。
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●能力値
名前 井上之房 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いのうえ・ゆきふさ 能力値 B B C D
生没年 1554〜1634 軍師
登場年 1570年 上昇 汎用
血族 備考 黒田八虎 
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1
S2
S3
S4
S5 黒田家 重臣 中津城 1.0万石 足軽
S6 黒田家 部将 中津城 0.2万石 足軽
●略歴
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 1554〜1634。黒田職隆の代より黒田家に仕え、1587年の城井氏との戦い、1592年からの「唐入り」などに従軍する。1600年の「豊家の変」では本国に留まり、旧領の奪還を狙う大友義統の兵と交戦、旧知の仲であった吉弘統幸を討ち取り、戦後は1万6000石を領有した。1614年からの「大坂の陣」にも従軍しているが、1623年に隠居する。1633年の「黒田騒動」では、老臣派の1人として新興の家臣団と対立した。
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●ゲーム
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 黒田家が大名として存在しているシナリオにのみ登場する。特にシナリオ5では、はじめから身分が高いため、主君の黒田官兵衛を「謀略」要員として用いるのであれば、母里太兵衛、栗山利安に次いで戦場の一翼を担う存在となる。
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●能力値
名前 猪子高就 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いのこ・たかなり 能力値 C C D D
生没年 1530〜1594 軍師
登場年 1546年 上昇 汎用
血族 備考  
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1
S2 織田家 馬廻 清州城 0.1万石 足軽
S3 織田家 馬廻 岐阜城 0.1万石 足軽
S4
S5
S6
●略歴
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 1546〜1582。信長の側近として権勢を振るう。1580年には、大友家と島津家の和睦の際、その仲裁役となった近衛前久に指示を与えている。1582年に「本能寺の変」が勃発した際には、織田信忠とともに二条城におり、そのまま討ち死にした。なお、斎藤道三に仕え、1553年の「正徳寺の会見」の際、彼に近侍した「猪子兵介」と同一人物であるとも言われている。
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●ゲーム
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 本作では、斎藤家に仕えていたという説を採っていないようであり、織田家家臣としてのみ登場する。家臣数の少ない斎藤家ならともかく、家臣の数が多く、それでいて優秀な人材も多い織田家では完全に埋没してしまっている。
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●能力値
名前 猪俣邦憲 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いのまた・くにのり 能力値 C C D C
生没年 1556〜1620 軍師
登場年 1572年 上昇 汎用
血族 備考  
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1
S2
S3
S4 北条家 組頭 厩橋城 0.6万石 足軽
S5
S6 北条家 組頭 小田原城 0.1万石 足軽
●略歴
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 ?〜1590。北条氏邦に属し、箕輪城代、沼田城代を歴任する。1589年、邦憲は真田家に属する名胡桃城を謀略によって奪取した。これは、名胡桃城の城代である鈴木重則の家臣を内応させ、偽の書状で重則を真田家の本拠である上田城に召還させたうえで、城代が不在となった名胡桃城を占拠するというものである。

 しかし、この一件は秀吉の「惣無事令」に違反するものであると見なされ、結果として秀吉が北条家を滅ぼす口実を与えることになった。これによって大名としての北条家は滅亡し、邦憲本人も戦後、磔刑に処されて生涯を終えた。
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●ゲーム
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 北条家滅亡の発端となった事件を起こしただけのことはあり、『信長の野望』などでは、「ほめられる特徴は一つもない」、「こいつについては政治力1で十分じゃ。北条ファンはさっさと追放しよう」などと書かれてしまっている。もちろん、本作でも能力は平凡であり、大局観の無さは「外交」の低さで表現されている。

 しかし、上述のように名胡桃城を奪取した手際自体は鮮やかであるし、不祥事を引き起こしたにもかかわらず、何の処罰も受けていないことから、邦憲は上層部の意向を実施しただけであるとする説もある。そのため、その行動のすべてを彼1人の責任とすることについては、慎重にならなくてはいけないようである。
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●能力値
名前 茨木長隆 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いばらき・ながたか 能力値 D C D C
生没年 1516〜1580 軍師
登場年 1532年 上昇 汎用
血族 備考  
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1 将軍家 組頭 二条城 0.1万石 足軽
S2
S3 浪人 組頭 伊丹城 0.0万石 足軽
S4
S5
S6 足利家 組頭 二条城 0.2万石 足軽
●略歴
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 生没年不詳。摂津国茨木城城主。細川晴元に属して足利義晴を近江に追い、晴元の政権下では、京都代官に任じられる。1532年、晴元と家臣の三好元長が対立すると、長隆は一向宗と結託して元長を自害に追い込むが、元長の死後も一向宗の勢いは止まらず、各地で狼藉を働いた。そのため、長隆は日蓮宗の力を借りて一向宗と交戦したが、1533年には逆に一向宗の反撃にあい、晴元らとともに淡路島に逃走した。

 長隆らは、元長の息子である三好長慶の仲介で一向宗と講和したが、晴元不在の京都では、日蓮宗が台頭していた。そのため、1536年には、六角定頼や比叡山の勢力とともに日蓮宗と交戦し、日蓮宗を京都から追った。この「天文法華の乱」の終結により、ようやく京都は平穏を取り戻した。しかし、その後、長慶が台頭し、晴元を追い落とすと、長隆もまた没落した。後に長隆は長慶に従属したと言われるが、その詳細は不明である。
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●ゲーム
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 ゲームでは、細川晴元が将軍家に仕えている都合により、彼も将軍家の家臣として登場する。経歴を見れば、身分や「謀略」などはもっと高くても良いような気もするが、よくよく考えれば、やっていることは場をかき乱すだけで、何ら建設的な結果は残していないため、やはり能力的には妥当なのかもしれない。
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●能力値
名前 指宿忠政 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いぶすき・ただまさ 能力値 C C C D
生没年 1542〜1625 軍師
登場年 1558年 上昇 汎用
血族 備考  
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1 17年後 組頭 ? 0.0万石 ?
S2 2年後 組頭 内城 0.5万石 足軽
S3 島津家 組頭 内城 0.2万石 足軽
S4 島津家 組頭 内城 0.1万石 足軽
S5 島津家 組頭 内城 0.1万石 足軽
S6 島津家 組頭 内城 0.1万石 足軽
●略歴
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 ?〜1625。島津家に属する。1587年に羽柴軍が九州に侵攻してくると、忠政は山田有信の指揮下に入り、日向高城に籠城したが、後に開城して都於郡に退去した。1600年の「豊家の変」では、島津義弘に従って「関ヶ原の戦い」に従軍、山田有栄の指揮下で撤退戦を戦い抜いた。
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●ゲーム
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 島津配下の万年組頭。能力は平均的であるため、身分を上げれば、内政や「登用」に役立ってくれる。
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●能力値
名前 今泉高光 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いまいずみ・たかみつ 能力値 D C C D
生没年 1535〜1599 軍師
登場年 1551年 上昇 汎用
血族 備考  
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1 17年後 家老 ? 0.0万石 ?
S2 宇都宮家 家老 宇都宮城 1.4万石 足軽
S3 宇都宮家 家老 宇都宮城 1.8万石 足軽
S4 宇都宮家 家老 宇都宮城 2.0万石 足軽
S5
S6 宇都宮家 家老 宇都宮城 1.0万石 足軽
●略歴
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 ?〜1597。下野国上三川城城主。宇都宮家に属する。1597年当時、宇都宮家では、当主の宇都宮国綱には後継ぎがいなかったため、東国大名の取次役として権勢を振るっていた浅野長政から養子を迎えようとする動きが見られた。高光は、この派閥の中核であったが、これに反発する家臣団の襲撃を受け、自害に追い込まれた。その後、まもなく宇都宮家は改易されるが、これは、この一件によって宇都宮家に悪感情を抱いた長政によるものとする説がある。
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●ゲーム
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 宇都宮家の家老。平凡な能力を身分で補うタイプ。内政、外交面ではそこそこ役に立つが、 「戦闘」は低いため、ムリに戦場に出す必要はない。彼に知行を与えるくらいであれば、近くの里見家を北条家が滅ぼすのを待ち、 「ハイエナ作戦」で戦闘要員を確保した方が良い。
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●能力値
名前 今井宗久 能力 戦闘 内政 外交 謀略 忠臣
読み いまい・そうきゅう 能力値 E A C E
生没年 1520〜1593 軍師
登場年 1536年 上昇 汎用
血族 今井? 備考  
●シナリオ
シナリオ 所属勢力 身分 居城 初期知行 兵科
S1 浪人 地侍 二条城 0.0万石 足軽
S2 浪人 地侍 二条城 0.0万石 足軽
S3 浪人 地侍 二条城 0.0万石 足軽
S4 浪人 地侍 二条城 0.0万石 足軽
S5
S6 浪人 地侍 二条城 0.0万石 足軽
●略歴
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 1520〜1593。諱は「兼員(かねかず)」など。堺の商人であるが、茶道を通じて三好義賢、松永久秀らとも親交を結ぶ。1568年9月に信長が上洛すると、宗久は茶器を献上して早々に恭順の意を示し、翌年に信長が堺に2万貫の供出を命じた際には、堺側に条件を承諾させるなど、信長と堺の仲介役として活躍した。

 これにより、宗久は信長の信頼を得、言わば御用商人として巨利を得た。さらに、代官として政務に携わることもあれば、茶人としても重きをなすなど、信長政権下において非常に重要な役割を担った。その後、秀吉政権下は御伽衆となり、やはり茶人として重用されたが、商人としては新興勢力に押され、その権勢に陰りを見せた。
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●ゲーム
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 本作では、内政関連の救済要員的な位置づけにある。身分は低いのものの、そのために少ない知行で 「登用」できるため、ゲームの最序盤で百地三太夫などを 「登用」するついでに拾っておくと、最後まで内政関連で役に立ってくれる。さらに、有用ではあるものの、他勢力にスカウトされてしまっても、やり直すほどの重要性はないため、その点で気を煩わせる必要がないことも、ある意味で魅力の1つであると言える。
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