提督の決断2 提督の決断II 

 ハンドブック紹介

 

    提督の決断U ハンドブック その他  


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基本データと本書の構成

ページ数

 本書のページ数は240ページと、「ハンドブック」シリーズの中では最大である(*)。ただし、そのためか定価も高く、そのうちの100ページ以上がデータの紹介に費やされており、いまいちありがたみが薄い。
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日本海軍の興亡

●概要

 ペリーの来航までさかのぼり、大日本帝国海軍の創設から第二次世界大戦への参戦までの流れを追う。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、ワシントン条約、満州事変と日中戦争と、一通りの流れは抑えられている。

 これらの中では、特に日露戦争に重点が置かれている。本項では、日本海海戦などの華々しい勝利を取り上げる一方、当時の国際情勢についても触れており、日本の勝因の多くを、イギリスの援助とアメリカの仲介に求める。

 こうした国際関係を活用することで得られた勝利を、日本人の手による勝利と驕ったことが、後々の過信や、対外政策の軽視につながっていったという視点には共感することができる。



●戦艦六と巡洋戦艦六からなる六六艦隊の整備に着手した(39ページ)

 日清戦争以後、ロシアと対抗できる海軍力を整えるための海軍拡張政策が「六六艦隊」計画である。しかし、この時代に「巡洋戦艦」という艦種はなく、これは「装甲巡洋艦」の誤りである。

 装甲巡洋艦は、文字通り装甲を施した巡洋艦であり、戦艦の300ミリ級の主砲に対して200ミリ級の主砲を持ち、副砲は戦艦と同等、速度は戦艦よりも優速という特徴を持つ。一方、巡洋戦艦は、その発展形となる艦種であり、装甲巡洋艦に対して約2割増しの速度と戦艦の主砲を持ち、装甲巡洋艦に対して絶対的な優位を確保することができる。



●宣戦布告前に仁川港を攻撃(40ページ)

 日露戦争の開戦は、仁川港攻撃と同じ日の2月8日である。そして、日本の宣戦布告は2月10日に行われており、それだけを見るならば、見出しの文章は正しい。ただし、2月5日の時点で日本はロシアと国交を断絶しており、国際法的には、こちらの方が重要である。つまり、すでに国交を断絶しているために、この攻撃も合法と見なされているのである。

 ついでに、日清戦争の際には、1894年7月11日に日本から清への国交断絶(第二次絶交書)が言い渡され、15日には清も開戦を決意、戦闘そのものは25日からはじまっているが、両国の宣戦布告は8月1日に行われている。

 これらに対して、真珠湾攻撃の際には、宣戦布告と同時に国交断絶が行われている。前例に照らし合わせるならば、問題となるのは、宣戦布告よりも国交断絶の方であったということになる。



超大型戦艦「ドレッドノート」(42ページ)

 『提督の決断』シリーズにおいて大型戦艦の分類を示す「弩級戦艦」、その語源となったドレッドノートであるが、実際には同時代の戦艦と比較して大きいということはない。常備排水量18,110トンという数値は、同時代の日本の戦艦である薩摩の19,372トンよりも少ないくらいである。

 ドレッドノートの画期性は、主砲と速度にある。主砲については、同一の主砲を複数(305ミリ連装砲5門)装備しており、片舷には主砲4門を向けることができる。また、速度については、これまでの戦艦の標準速度である18ノットよりも、約2割増しの21ノットを出すことができるのである。

 これがどういうことかというと、先に例に出した薩摩との交戦を想定した場合、薩摩は305ミリ連装砲2門、副砲は254ミリ連装砲6門を装備しており、片舷には主砲2門、副砲6門を向けることができる。つまり、主砲しか届かない距離で戦う場合、ドレッドノートは薩摩に対して、2倍の攻撃力を持つことになるのである。

 さらに、薩摩が副砲を生かそうとして接近してきたとしても、速度でドレッドノートに分があるため、ドレッドノートは自分の望む距離で敵と戦うことができる。仮に薩摩と同レベルの戦艦が複数現れたとしても、今度は速度を生かして逃げ切ることができるため、ドレッドノートは、ドレッドノート以前の戦艦に対して、絶対的な優勢を確保することができるのである。

 つまり、ドレッドノートとまともに戦うには、これと同レベルの戦艦でなければならず、それゆえに、ドレッドノートは、それまでの戦艦を全て陳腐化してしまったとも言っても過言ではないのである。
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早すぎた開戦

●概要

 1ページのコラムであり、開戦時の日本軍の戦力が想定よりもかなり劣っていたことを解説している。しかし、そもそも、なぜあの時期に開戦したのかと言えば、本項でも解説している通り、石油の備蓄が底を尽きてしまうからであり、そのことを思えば、「早すぎた開戦」とは言えないと思われる。



●先に日本に発砲させて国民の戦意を高め、
  世論を参戦に導きたい米国指導者層の思惑に
  まんまとはまったとしかいいようがないだろう(80ページ)


 当のルーズベルト本人は、「日本人の頭蓋骨は我々より2000年は遅れている(*)」と語る。上記のような言い分は、そのまま彼の言葉を認めるかたちになってしまうのが実に皮肉である。

 実際のところ、日本は日中戦争中の誤射として、二回中国に駐留中の米艦を損傷させたことがある。まず、1937年12月12日には「パナイ号事件」が起こっており、米軍側に死者も出ている。しかし、この事件に関しては、日本側の謝罪が受けいられ、大事にはならなかった。

 二度目は1941年7月30日に起きた「ツツイラ号事件」である。この事件では、日本軍爆撃機の至近弾がアメリカの砲艦ツツイラを損傷させている。これも大事にはならなかったが、問題は、この時期が開戦の4か月前ということである。つまり、この時点で日独伊三国同盟も仏印進駐も起こっており、アメリカが日本と開戦するべき条件は充分に達成されていることになる。

 この翌々日、アメリカは日本への石油の輸出を禁止しているが、本当にアメリカが見出しのようなことを考えていたならば、石油を禁輸するまでもなく、「ツツイラ号事件」を日本の故意によるものと断定、「パナイ号事件」を蒸し返して、二度に渡って中立国であるアメリカに攻撃を仕掛けた日本の非道性を訴えるだけで、充分に開戦の大義名分になったと思われるわけである(*)。
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ミッドウェイ決戦!!

●概要

 シナリオ5の「ミッドウェイ作戦」を舞台にした「熱血『アニキ』と気のない『弟』の謎の対決(81ページ)」。ページを三段に分け、上段はアニキの動向、中段は写真による解説、下段は弟の動向を紹介しており、アニキと弟の動向は完全に分断されている。

 ここで注目するべき点は、お互いの勝利条件を伏せてプレイしているところである。本作のショートシナリオでは、3つの勝利条件のうち、1つを選んでプレイすることになるが、お互いの勝利条件が分からないことにより、それを読み合うという駆け引きが生じている。

 ただし、ゲームプレイ自体は、日本軍を選んだアニキが、戦力の差を生かして順当に勝利するという、あまり面白味のないものとなっている。ミッドウェイ海戦の戦力比だけをシミュレートするならば、日本側に負ける理由などなかったということがよく分かる仕組みである。
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檜山良昭、太平洋戦争を語る

●概要

 作家檜山良昭に対するインタビューをまとめている。個人的には、その戦略論には疑問に思うところがある。



●ここをしっかり守り、長期戦に耐えられるだけの国力をつけ、
  昭和十七年になったら陸軍はソ連になだれ込み、
  ドイツと呼応してこれを叩く(129ページ)


 海軍軍令部の本来の戦略として挙げられているもの。「ここ」は南方資源のこと。
実際に、独ソ戦の開始に伴い、日本はソ連国境付近に戦力を集中させたことがあった(関東軍特種演習)。しかし、南方に進出したい海軍の意向と、仏印進駐による南方の緊張下によって取りやめられている。

 ちなみに、この時点で日ソ中立条約は締結されており、これを実施していれば、条約は破棄されることになる。また、関東軍特種演習は、ドイツと交戦中のソ連に警戒感を抱かせ、後の満州親交の口実に使われている。



●そうすると、敵を米国一本に絞れるとする説です(129ページ)

 上段の想定によってソ連を滅ぼせば、ドイツはイギリスを倒せる「はず」であり、そうなれば、日本はアメリカに敵を絞れるという想定である。しかし、これも実際には、中国大陸での戦闘があるため、例えソ連が降伏したとしても、戦力を集中させることは不可能である。こうしたことからすると、軍令部の戦略転換は、単純に実情に合わなくなったからなのではないかと考えられる。



●米国が来たら叩く。深追いしないで、再度米国が来たらまた叩く。
  これを十年も繰り返せば、米国の方が音を上げるだろう。
  そして、有利な条件で講和しよう、と(129ページ)


 檜山は、山本五十六の戦略よりも、この軍令部の戦略を推す。軍令部の戦略と言えば、戦艦を控えて他の艦でアメリカ艦隊を削り、最後に戦艦を投入するという「「漸減作戦」であったと思われるが、これに対する言及はない。

 この戦略の問題点は、その前提となる上述の条件がすべて破綻していることである。つまり、アメリカに敵を絞るために不可欠なソ連とイギリスの打倒が果たされず、さらには中国も敵にまわっている。こうした状況において、それらを前提とした戦略を展開できないのは自明の理と言える。

 また、「米国が来たら叩く」と簡単に言うが、どこに来るかを予測することは、非常に困難な問題である。マリアナ沖海戦においても、パラオを主戦場と定めたにもかかわらず、米軍のビアク上陸に振り回され、想定外のサイパンを攻撃されるなどの実例がある。

 よほど情報面の優位を獲得していなければ、それを十年分も繰り返すというのは不可能であり、現実の日本とアメリカの差からすれば、とてもではないが、日本が優位に立てる分野ではないと思われる。



●SLGは、歴史に対する想像力を拡げるのに、
  大いに役立つと思います(130ページ)


 「――最後に、SLGによって歴史を再現することをどうお思いになりますか」という問いに対する返答。これについては同意できるが、同時にゲームである以上、ゲームバランスを調整するために切り捨てられた部分があることを忘れてはならない。「ゲームとして面白い」ことと、それが「史実に照らし合わせて正しいか」ということは、まったく別の問題である。
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艦名物語

●概要

 日本の艦船の命名基準を紹介する。また、アメリカについても、簡潔ではあるが、一通り触れられている。今回、このような項が設けられたのは、本作では艦船建造の際に、名前を入力することができるようになったためであると思われる(*)。

 なお、潜水艦に関しては日米とも命名基準が表記されていないが、日本は大きさに応じて「伊」、「呂」、「波」が頭につき(*)、その下に数字がつく。アメリカ軍の場合は、基本的に水生生物の名前が付けられる。



●昭和十八年六月以降は、国名・山名が追加された(239ページ)

 日本の空母の命名基準について。山名が追加されたことは事実であるが、国名が追加されたという話は手元の資料にはない。実際、はじめから山名がつけられた空母は複数あるが、国名に関しては、本項にもある通り、元は戦艦であり、その命名基準に従った信濃が存在するだけである。
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