太閤立志伝2 太閤立志伝II 

 ハンドブック紹介

 

   太閤立志伝U ハンドブック グラビア・序章  


_
カラーグラビア

●木下藤吉郎、明智光秀、柴田勝家

 なぜこの3人なのかというと、秀吉は本作の主人公であり、残りの2人はクリア後に主人公として選べるようになるためである。これについては、本書154ページに解説がある。ちなみに、クリア後は新武将でプレイすることもできる。
_
_
序章 スタートアップガイド

勝利へのベーシック

●各種図表

タイトル ページ 備考
(ゲームの流れ) 17 実際にはタイトルなし
織田家の外交関係 19 近隣のみ
大名家の初期状況 19 近隣のみ
織田家の相性派閥図 21 下記参照



●信長サマ

 本書では原則的に信長を「信長サマ」と表記している。これはもちろん、信長が秀吉の主君であることによるものであるが、本作では、織田家以外の大名に仕えることも可能である。ちなみに、「ハイパーガイドブック」では、一貫して「信長様」と表記している。



●身分(17ページ)

 『太閤立志伝ハンドブック』や「ハイパーガイドブック」では身分に関連したデータの一覧表が掲載されていたが、本書にはないため、ここに一覧表を掲載しておく。ちなみに、「ハイパーガイドブック」の12ページにもほぼ同様の表がある。

名称 信頼度 知行
足軽頭 0 1
物頭 500 10
侍大将 1500 30
部将 5000 50
家老 10000 100
宿老 30000 200
大名



織田家の相性派閥図(21ページ)

 秀吉との相性から織田家の主要家臣団を「親藤吉郎」、「無関心」、「反藤吉郎」の3つに分類している。「面会」で得られる情報などは、「親藤吉郎」系の人物の方が細かく、丁寧である。

 ちなみに、「師事」は、「反藤吉郎」系の人物からも受けることができるが、勝家だけは例外となっている。また、「仲の悪そうな部将」として、滝川一益とともに明智光秀の名が挙げられているが、光秀と秀吉は相性が悪くない(*)ため、むしろ積極的に教えを乞うべき武将であると言える。



ニッポンの歩き方

●各種図表

タイトル ページ
航海日数一覧 31
主要拠点間移動日数 31



殿様Who'S Who?

概要

 本作のゲームスタート時点で存在している45大名家の大名を紹介している。データとしては大名の人格を構成するデータが掲載されており、その大名家の行動方針や取り入る方法を考慮する際に役立つ。

 しかし、「ハイパーガイドブック」の68ページによると、本作では伊達家、北条家、武田家、上杉家、徳川家、織田家、毛利家、長宗我部家、島津家の9家にしか仕官することができないため、それ以外の大名については、あまり気にする必要がない。ちなみに、「相性」は秀吉との相性を示しているため、他の武将でプレイする場合は、関係が異なってくる



●史実において、新興織田を目の敵にしたのもうなづける(38ページ)

 朝倉義景のこと。彼の人間性を信長と比較して、このような結論を出しているが、実際には織田家が「新興」勢力として勢力を伸ばす前からの因縁がある。

 もともと朝倉家と織田家は、いずれも斯波家の家老として同格であった。「応仁の乱」の際、斯波家は東西両軍に分かれて争い、朝倉家と織田家は西軍(山名方)の斯波義廉に属していたが、朝倉家は東軍(細川方)の斯波義敏に寝返り、後に力づくで義敏領の越前を支配下に置いた。

 こうした事情から、朝倉家は織田家を格下の「陪臣」と見下し、織田家は朝倉家を「裏切り者」として憎んだという。この前提に基づくならば、義景が足利義昭を奉じた信長からの上洛要請を拒否したのも、「格下」の下風に立ちたくなかったためであると解釈することができる。もっとも、その判断が大失敗であることは、その後の歴史を見れば明らかである。
_

 ページの最上段に戻る                           ハンドブック紹介へ
_