ハンドブック紹介

 

   太閤立志伝 ハンドブック 名言・迷言集  


_
第一章 関白への道

特に柴田勝家の罵詈雑言は数知れない、と利家は言う(30ページ)

 秀吉の出世物語につきものなのが、彼に悪態をつく勝家であり、それは本項においても例外ではない。しかし、新参者のやることなすことにケチをつける重臣と言うのも情けなく、そのような人物が「織田家一の猛将と謳われた勝家らしい、豪気な最期(115ページ)」を遂げた言われても、ちぐはぐ感が強い。

 彼らの対立構造については本書の他、『太閤立志伝Vハンドブック』でも取り扱われているが、対立が表面化してきたのは、秀吉が台頭してきたあたりからである。要するに、仕官したばかりの秀吉を敵視する勝家像はフィクションであり、最終的な対立から逆算して、秀吉の敵役にされたのではないかと考えられる。

 その設定自体は別に良いのであるが、勝家の人物像として、嫌いな相手の陰口を叩いたり、面前で罵倒するというのは、いまいちイメージが合わない。もう少し、剛直で重厚な武人としてのキャラクター性を活用することはできなかったのかという思いがある。
_
_
明智探偵事務所

●もちろん、魅力が乏しい光秀殿には無理な手段だぎゃ(122ページ)

 兵力確保の一環として、武将の引き抜きを勧める秀吉のセリフ。本作の光秀の「魅力」は「87」であり、むしろ高い方に属する。ちなみに、ここでは引き抜きやすい部将として六角家の蒲生賢秀と北畠家の関盛信を勧めている。



●今度は失敗しないで、できそうだがや。
  のう、光秀殿。応援するでガンバリ〜!(123ページ)


 「奈良県のまつなが」からの謀反の質問に「イキイキとして」答える光秀を煽る秀吉のセリフ。この後光秀は、打倒信長の決意を新たにする。「本能寺の変」における秀吉黒幕説を思わずにはいられない。
_
_
藤吉郎よ、どこへ行く?

●わしは辻斬りが好きなのだ。
  つべこべ言うとリセットボタンを押しちゃうぞ(125ページ)


 リプレイにおいて辻斬り三昧の日々を咎められた秀吉のセリフ。しかし、彼にとっての辻斬りは、それ自体が目的なのではなく、金稼ぎの手段でしかなかったらしい。身分が上がっていくと、別の手段に金策を求めるようになる。



●喧嘩で稼いだ金で"枕草子"を買うなんて
  ダンディズムの極致であるな(125ページ)


 辻斬りで奪った金をアイテムの購入費用に充てて満悦する秀吉のセリフ。ねねも「最近のおまえ様は顔がすさんでおりますよ」とあきれ気味だが、辻斬りによって得られた資金は、アイテム購入、各種技能の習得の費用となり、木下家の財政を大いに助けている。



●殺人剣士・藤吉郎の野望は第一歩を記したばかりである(125ページ)

 「殺人剣士・藤吉郎」というキャッチフレーズが素敵であるが、その活躍はダイジェスト的にまとめられ、次のステップに進んでしまうが実に残念である。



●そんな姑息な手段は使わず、
  刀を突きつけて脅せばよろしい(125ページ)


 信長から「兵糧売却」の助言として、価格交渉を勧められたことに対する秀吉のセリフ。ちなみに、辻斬りや横領ができる本作においても、商人を脅しつけることはできない。

 これに対して信長は「これは清く正しい『立身出世』SLGなんだからな!」と言い返している。しかし、「清く正しい『立身出世』SLG」が表の顔であるからこそ、辻斬りや横領などの裏の顔が映えるというのも事実である。次回作以降は、こうした悪事の幅が狭まり、本当に「清く正しい『立身出世』SLG」になっていくのが残念である。



●ヴィトンのバッグ……じゃなかった金時計?(127ページ)

 南蛮物を好む菊亭晴季への贈り物を物色する秀吉の一言。Wikipediaによるとヴィトンは1854年創業なのでもちろんジョークであるが、時間軸的には『維新の嵐』ならば、ちょうど良い時代になる(*)。ちなみに、『維新の嵐』にも登場する板垣退助や後藤象二郎は、ヴィトンのバッグの愛用者であったらしい。
_
_
戦国群雄名鑑

家臣に城を奪われた真のうつけ者(131ページ)

 斎藤竜興のフレーズ。このフレーズで思いつく人物としては、他に山名豊国がいるが、彼は本作に登場しない。



●下剋上の"下"も"上"も経験した稀有な武将(132ページ)

 三好長慶のフレーズ。主君の細川晴元を追って下剋上を成し遂げ、松永久秀に実権を奪われたことを示す。似たような境遇の人物としては浦上宗景がいる(*)が、やはり本作には登場しない。



●日本史上空前絶後の成り上がり(133ページ)

 木下藤吉郎のフレーズ。だからこそ本作が誕生したと言える。



●名君を幾人も輩出した北条家であるが、
  この氏政は例外のようである(144ページ)


 「名君を幾人も輩出した北条家」といっても、氏政の前には3人しかおらず、氏政の後には氏直しかいない。つまり、家を興し、発展させたのが3人、滅ぼしたのが2人であり、そこまで名君ばかりが登場していたわけではない。
_

 ページの最上段に戻る                           ハンドブック紹介へ
_