ハンドブック紹介

 

   信長の野望 全・国・版 ハンドブック  


 ●基本データ
 はじめに
 戦国武将列伝
 覇者への道
 合戦再現/分析ストーリー
 もし本能寺なかりせば!?・1
 もし本能寺なかりせば!?・2
 乱世の人間像
 天下攻略テクニック・1
 天下攻略テクニック・2
 「信長の野望・全国版」開発秘話
 疾風迅雷!覇権への道年表
 大名・国別データ一覧
 索引
 総合評価 ★★★
 戦国大名と天下統一の意思

基本データ

 初版出版は1988年4月24日。大見出しは8つであるが、数字は割り振られていない。背表紙のナンバリングは「1」であり、つまりはハンドブックの第1冊目である。定価は1860円。ページ数は202ページと索引7ページ。本項では1991年3月15日出版の第10版を参照している。

はじめに

 2~3ページ。キャッチフレーズは「<時代>を理解するための戦略、あるいは戦国の世への切符」。シブサワ・コウによる本書のコンセプトの紹介である。ここでは「本書は文字通り戦国の世への『切符』です。良くあるゲームの攻略本の類ではありません」という一文に注目したい。つまり、本書は現実世界と戦国時代をつなぐ「切符」であると考えられる。そこには、ゲームの攻略だけでなく、ゲームの背景となる歴史をも取り込もうとする自負があるように思われる。

戦国武将列伝

 6~33ページ。6ページの解説には「だれもが京都を中心とした日本の統一という共通のテーマをもっていた」とあるが、これには違和感があるため、別項を設けて私見を述べることとした。本項では、日本全土を13項目に分け、エリアごとに大名の略歴を紹介している。ただし、中には大名家そのものが紹介され、大名個人についてはほとんど触れられていない場合もある。なお、「本能寺の変」で登場する羽柴秀吉、明智光秀、柴田勝家らは掲載されていない。

 注目点としては下総の結城家が磐城にいることが挙げられる(11ページ)。これについては『光栄ゲーム用語辞典』に「置き場所に困って(251ページ)」という身もふたもない回答がある。

 次に、本作の北条家の当主は氏政である(14ページ)が、本人の事績よりも、父の氏康の外交政策の記述が中心であり、氏政がどのような人物であるかについては、全く触れられていない。なお、ここでは「(北条)氏秀」が「(上杉)為景」を名乗ったことが記されているが、「為景」は「景虎」の誤りであると思われる。もっとも、今日では、北条氏秀が氏康の息子であり、氏秀が上杉景虎を名乗ったという説自体が否定されつつある。

 また、本作の紀伊を治めるのは雑賀衆ではなく堀内氏善であるが、『群雄伝』以降の彼は雑賀衆の部下に収まっていることから、『信長の野望 覇王伝事典』に「ああ『全国版』が恋しい(409ページ)」などと書かれてしまっている。ちなみに、スーパーファミコン版『全国版』の紀伊の大名は雑賀孫市に差し替えられており、実に「時代の流れとは残酷である(『信長の野望 覇王伝事典』409ページ)」。 

 その他、毛利元就の「三本の矢」の逸話として、「臨終の枕元に三人の子を呼」んでいる(27ページ)が、長男の隆元は元就よりも早く死去しているため、理論的に不可能である(この項の説明がおかしいのではなく「三矢の教え」自体が間違っている)。ちなみに、以降のシリーズにおいて「三本の矢」は歴史イベントととして登場するが、隆元の代わりに輝元が登場するパターン(『武将風雲録』)や3兄弟が健在のうちに行われるパターン(『将星録』)など、有名な逸話を取り込みつつ、時系列を合わせようとする努力がうかがえる。

覇者への道

 34~64ページ。信長の生涯を短編小説的な形式で紹介している。本項を一通り読めば、信長を中心とした戦国時代の推移を理解することができる。しかし、1576年以降の「第三次石山の戦い」は「ついに本願寺は、足利義昭、毛利輝元らと結んで、信長似た戦いを仕掛けてきた(55ページ)」という戦いの端緒が語られているだけであり、以降の経過も結末も一切語られていない。非常に中途半端な描写であり、完全に省略するよりも、かえって歯切れが悪い。

 本項は、20年前の書籍ということもあり、現在では否定されている説で話が進む箇所もある。例えば、「桶狭間の戦い」で迂回説を採用していること、今川義元の最期があまりにも無様に描写されていること(42ページ)、「長篠の戦い」の経緯(54ページ)、「本能寺の変」以後、明智光秀が洞ヶ峠で筒井順慶を待ったこと(62ページ)などである。

 また、本項では『信長の野望』というタイトルの意図が明かされている点にも注目したい(63ページ)。すなわち、「信長の野望」とは、志半ばで果てた信長の全国統一の意図であり、全国統一を目指すプレイヤーは信長の意思の後継者である。そして、プレイヤーは全国統一を達成することで信長を越え、新たな「歴史を創る」のである。

合戦再現/分析ストーリー

 64~74ページ。3項目。64~65ページでは、織豊政権の主な戦い(例外として「川中島の戦い」も)を日本地図から確認することができる。しかし、実際に詳細を取り扱っているのは、「桶狭間の戦い」、「長篠の合戦」、「姉川の戦い」の3つだけであり、内容も前項の「覇者への道」とかぶっている。そのため、情報的な価値は、あまり高くないと思われる。

もし本能寺なかりせば!?・1

 75~85ページ。 「本能寺の変」が起こらなかった場合を想定した「その後」の世界の考察である。信長は、中国の毛利、四国の長宗我部を服従させ、九州の竜造寺、大友を傘下に収めて島津を殲滅、西日本統一後は、東に矛先を転じる。これに対して「聡明な(81ページ)」上杉景勝は服従したが、「世の風潮について鈍感(81ページ)」な北条氏政は、信長の「力攻め(81ページ)」によって滅ぼされた。最後に伊達政宗が恭順し、統一事業は4、5年ほどで完了するという。

 この想定の場合、全国統一までの過程は、ほぼ秀吉の事績をなぞっていると言える。しかし、早急に九州に侵攻した場合、竜造寺隆信(1584年に戦死)が健在であり、彼がやすやすと服従を申し出るかどうかという問題がある。史実の竜造寺が秀吉に屈しているのは、隆信の死後、急速に勢力が衰えたからであるが、その事実を無視して史実に合わせているように思える。

 また、「聡明な」上杉景勝は、「本能寺の変」直前の段階で柴田勝家に魚津城を落とされ、非常に危機的な状況に陥っていたはずである。信長の本隊が東に転じる前に方が付いているのが自然であり、まだ戦いを続けていたとすれば、勝家は怠慢を咎められ、下手をすれば佐久間信盛らのように追放されていると思われる。

 一方、「世の風潮について鈍感」な北条氏政は、この時点では信長に対して恭順的であったと記憶している。つまり、彼らの信長に対する態度は、秀吉に対する態度と正反対であり、それを無理やり秀吉の事績になぞらえているため、明らかに「本能寺の変」直前の史実に対しても不都合が生じているのである。

もし本能寺なかりせば!?・2

 全国統一後、信長は大坂に拠点を移し、南蛮貿易を推進させた。やはり「唐入り」は行われるが、ここでは、それはあまり重要なことではない。注目するべき点は、日本人が海外に大きく目を向けるようになったことであり、これによって鎖国は行われず、日本人の国民性も陽気になっていたのではないかと結論付けているが、それは、あまりにも楽観視した想定であると思われる。

 南蛮貿易を促進するということは、それだけ西欧諸国との関係も密接になるということである。そうなれば、日本の内情も知られやすくなり、その分だけ日本が食い物にされる可能性も高くなる。もちろん、明治維新後の日本のように、うまく海外と付き合えた可能性も充分にあり得るが、一方的に国際交流の利点だけを論じるのは不公平であるように思える。

 また、この想定と対比して現実の徳川幕府は「閉鎖された封建制。士農工商。賤民の身分差別」を生み、今日における日本人の「神経質、度量が狭い、セコい」という負の精神の温床になったという。それは一理あるが、その体制が250年の平和と今日において「日本的」というべき文化を生み出したこともまた事実である。これらは、上記の想定でいけば、間違いなく手に入らなかったものである。

 なお、これらは議論の余地のある問題であるが、「徳川家康は、幕府開設と同時に鎖国政策をとって(85ページ)」いたというのは大嘘以外の何物でもない。貿易の徹底的制限が行われるのは3代将軍家光の時代である。

乱世の人間像

 86~93ページ。6項目。雑学による箸休め的な項目。「川中島三太刀七太刀は、嘘っぱち」は「第四次川中島の戦い」における信玄と謙信の一騎討ちに対する考察、「信長、秀吉、家康。三者三様女性観」は、浮いた話のない信長、後家好みの家康に対して、秀吉が女性を愛し、大事にしたという話である。

 「天下餅、凡人・家康は食べただけ?」は、「天下餅」の歌に対する家康の擁護論、「日に二食。そんなでたりた?武士の食事」は戦国時代当時の食事は1日2回が普通であったが、戦時に3回としたものが恒常化して今日まで伝わった(異説あり)という話、「ダンディNOBUNAGA」は、1581年の御馬揃えを中心とした信長の美意識について。「戦国時代、ホモは常識」は当時の同性愛についてであり、信長と蘭丸、信玄と高坂昌信のカップルが具体例として提示されている。

天下攻略テクニック・1

 94~187ページ。4項目。ゲームの進行およびシステム、コマンドを解説する。「戦術編」は、さらに4項目に分かれており「勝利を生む諸要素」は戦闘の前提となる資源の解説、「HEXで勝利するための部隊編成」は部隊編成のノウハウ、「合戦兵法・十三条の鉄則」はHEX戦の原則、「HEX戦になったら」は、HEX戦の基本システムと次項の「地形別五十ヵ国全HEX」で分類されている4種類のマップの傾向を紹介している。

 「地形別五十ヵ国全HEX」は、50の戦場マップを「分割型」、「袋小路型」、「平坦型」、「回廊型」の4種類に分類、マップの写真を交えつつ、攻勢と守勢それぞれの戦術を紹介している。掲載順序は、まず分類ごとに分けられ、そのうえで国番号順に乗せられている。そのため、欲しい情報を即座に引き出しにくい部分があり、102~103ページの日本地図から検索した方が良いと思われる。最後の「それでも、どうしても勝てないヒトへ」は、これまでの記述を踏まえ、あらためて勝利のための要点をまとめている。

 「戦略編」は、「長時間遊べるということは?」、「国力を増強しよう」、「コマンド編」、「戦略編」の4項目に分類され、長くなることから、ここでは省略して次項で扱う。「マル秘テクニック集」は、「MAIN画面」と「HEX画面」の2項目に分かれており、それぞれの攻略テクニックを解説している。ただし、「マル秘」とは言うものの裏ワザ、隠し要素的な話題は一切ない。

天下攻略テクニック・2

 「戦略編」の「長時間遊べるということは?」は、信長の野望におけるゲームシステムの奥深さを「『必勝法』が何通りもあるからである(151ページ)」と位置づけつつ、最大公約数的な「必勝法」である「負けない」手段を解析する。

 「国力を増強しよう」は、初期設定からゲーム序盤、最初の戦争をはじめるまでの基本戦略を解説する。データ的に見た場合、年貢率は50%に設定(156ページ)、民忠誠度は「50」が謀反や一揆を防ぐ最低限のライン、兵士数は隣国の50%が攻め込まれる最低限のラインであるらしい(いずれも163ページ)。

 「コマンド編」は、MAIN画面における21のコマンドを内政、軍事、外交、情報の4つに区分し、それぞれに解説を加えている。ただし、数値的な情報は、ほとんど公開されていない。これは、以降の光栄の攻略本の多くに見られる悪癖である。なお、特記事項として、本願寺は「年貢」の上限に制限はあるが、一揆は起こらないこと(164ページ)、「堺の商人」は山城(31国)と摂津和泉(33国)に常駐していること(165ページ)などが挙げられる。

 「戦略編」は大見出しと名前が被っている。領土が少ないうちは敵と領土を接していない「生産国」の構築を目指し、領土の拡大に応じて前線の崩壊、一揆や謀反といった非常事態に対応できるようなシステムを作り上げていくことを推奨している。「おわりに」は「戦略編」のまとめであり、国政におけるバランスの重要性を説く。

「信長の野望・全国版」開発秘話

 188~196ページ。全10項目。「企画」、「シナリオ」、「シナリオレビュー」、「プログラミング」、「デバッグ&モニター」、「完成」、「出荷」、「発売」、「打ち上げ」の9項目において担当者に当時の心境を振り返ってもらいつつ、「まとめ」で今後の抱負を明らかにする。

 「開発秘話」とは言いつつ、ゲーム開発の苦労話が中心であり、ゲームそのものの裏話や没になった設定などの話がないのは残念である。例外として「伊達政宗なんかがいい例で、ホントは彼を登場させたかったんですが、この頃、まだ七歳なんですよ(189ページ)」という裏話があるが、別所長治や十河存保らが6歳で登場していることを考えれば、登場させることはできたのではないかとも思える。ちなみに「この頃」とは、ゲームスタート時の1560年のことである。

 製作スタッフは、このゲームに多大な自信を持っているが、完成させた作品を「壁」として、それを乗り越える気概もある。また、開発中の苦労話も、終わってしまえば笑い話として、次のゲーム開発に向けて気分を切り替えている。クリエイターとしては、実に立派な姿勢であると思われる。

 なお、本項のレイアウトは、文章が上下の2列に分かれているが、上の文章が1項目の終わりに達するまでは、ページをまたいでも文章が続く。そのため、ページをめくって上の段の文章を読み終えた後、ページを戻して下の段を読むことになる。これは、はっきり言って非常に読みづらい。

疾風迅雷!覇権への道年表

 197~201ページ。信長の誕生(1534年)から死(1582年)までを取り扱った戦国時代の年表である。2段に分かれており、上段は信長の事績、下段は戦国時代全般の出来事が掲載されている。「覇者への道」と照らし合わせることにより、信長の事績と同時代的に進行している日本の情勢も把握しやすくなる。

大名・国別データ一覧

 202ページ。大名の能力と国力のデータ一覧が掲載されている。本書において純粋にデータだけを掲載しているのは、この1ページだけである。ここでは、大名の年齢に注目したい。「戦国武将列伝」には、大名の史実での生没年が掲載されているが、それと大きく異なる武将がいるためである。代表例としては、1517年生まれのはずが1560年時点で62歳になっている南部晴政、1543年生まれのはずが1560年時点で30歳になっている本願寺光佐などが挙げられる。これがリサーチ不足なのか、ゲームバランス的な配慮なのかはまったく不明である。

 以下は余談であるが、本書のデータ量から察すると、ゲームそのものの情報量の少なさがゲームの背景などにページを割く余裕を生んだと考えられる。逆に言えば、後発の攻略本がデータばかりになっているのは、それだけデータ量が膨大になったということでもある。その点から考慮すれば、1本のゲームに対して攻略本が複数冊刊行されるのも、ある程度はやむを得ないと言えるが、情報の重複、マニュアルに毛が生えた程度のコマンド概説など、明らかに水増しのページが多いことも、また事実である。

索引

 203~207ページに相当するが、この項にはページ数の割り振りがない。5項目。本項は逆開きになっており、最後のページから。「国」、「武将」、「コマンド」、「戦術」、「戦略」の順に分類されている。はっきり言えば、本書には索引を引くほどの情報量はない。以降の攻略本でも索引を採用している書籍がほとんどないことからすると、必要がないと判断されたものと思われる。

総合評価 ★★★

 本書は、光栄の「ハンドブック」シリーズの第1冊目であり、おそらく光栄から刊行された最初の攻略本でもある。この1冊目の時点で、ゲームのシステムやデータといったゲーム的要素とゲームの舞台となる歴史的要素を同等に扱うというハンドブックの基本的なスタイルは、すでに完成している。

 一方、情報の内部解析的な部分(能力がコマンドに与える影響や能力と成功率の関係など)を公開しない姿勢も、この時点からはじまっている。つまり、良くも悪くも、本書は「ハンドブック」シリーズの原典であり、シリーズの基本的なスタイルは本書で完成していると言える。

 本書の特色としては、信長の生涯に限定されるとは言え、ある程度連続的に戦国時代の流れを取り扱っている点が挙げられる。『信長の野望』シリーズのハンドブックは数多く出版されているが、これを行ったのは本書だけであり、以降の書籍はコラム的な内容にとどまっている。しかし、その一方、本書は最初期の出版物だけに、レイアウト部分では拙く感じられる部分があり、読みづらい印象がある。

 また、本書の各所で『信長の野望』というゲームの斬新性、ゲーム性の奥深さをアピールする描写が見受けられる。良く言えば自負、悪く言えば自画自賛である。こうした傾向は以降の書籍では見受けられず、ある意味で本書最大の特色であると言える。

戦国大名と天下統一の意思

 結論から言えば、「だれもが京都を中心とした日本の統一という共通のテーマをもっていた」というのは、あくまでもゲーム的な設定であると思われる。後発の『信長の野望 覇王伝事典』では、「戦国大名が上洛=天下統一を目指していたなんてゲーム会社の陰謀(316ページ)」であり、ほとんどの戦国大名は「自分の領国が安全で隣も自分のもんだったらいいなぁくらいの保守的な人々であったと思われる(316ページ)」などと書かれてしまっている。

 この視点に基づいた場合、例えば信玄が信濃の領有をめぐって謙信と争ったこと、朝倉義景が義昭の要請を断り、越前から出ようとしなかったこと、北条家や毛利家が1エリアの統一後、領土の保全に努めたことなどの、全国統一という視点で判断すれば愚行とも思える行動も、自領の拡張と保全を目的とした「当時の常識」的なものであったと見なすことができる。

 逆に言えば、100年に及ぶ近畿の混乱に正面から踏み入った信長こそが、当時の常識からすれば異常であり、それが彼の革新的、特異的な性格の現れであると言える。今日において、信長の行動が当然のように見なされているのは、あまりにも簡単に上洛を成功させてしまったことと、彼の路線を継承した秀吉によって日本は統一され、後世の人間は、それを規定路線と認識して戦国時代を見ているためであると考えられる。

 なお、『信長の野望』シリーズでも、『烈風伝』あたりから武将の思考パターンに特徴がつけられ、天下統一を目指す武将や自領の保全を求める武将などに分化している。しかし、『烈風伝』に限れば、個人的にはCPUの行動そのものが積極的ではなく、あまり生かされていないという印象があった。


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