ハンドブック紹介

 

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   維新の嵐 ハンドブック  維新の嵐に身を投じる  
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基本データ

●概要

 シナリオ1の西郷隆盛を主人公として、ゲーム開始からクリアまでの状況をライターの視点から細かく解説している。個人的には好きなのだが、ライターの主観が強く反映された描写や、1989年当時の時事ネタが反映された説得シーンなどのノリは人を選ぶかもしれない。

 プレイ自体は失敗も多く、特にうまいというものではない。しかし、これらの失敗は文章に臨場感を持たせ、展開の緩急となっているだけでなく、その失敗自体にも、反面教師として学ぶべき部分は多い。また、「面会」や「説得」を延々と繰り返すことに対し、そのストレスやいらだちを素直に描写している点も評価できる。

 また、17ページから73ページの上部には、1853年(東海、関東の大地震)から1867年(西郷、新政府軍の参与となる)までの主要な事件が列挙されている。月日の記載がない点には不満が残るが、おまけとして考えるのであれば、充分に有用と言える。

 さらに、この項では、メインとなるリプレイと並行して、ほぼ4ページごとに「維新キーパーソン」として、10人の主要人物のプロフィールが掲載されている。これについては、別項にまとめた。



●本項の構成

ページ タイトル 内容
17 ・(扉) ・テーマ解説_
18 ・プロローグ ・シナリオの情勢
19〜26 予兆期 ・基本ルール解説
27〜32 胎動期 ・自藩の掌握
33〜43 維新前夜 ・九州統一
44〜56 維新渦中 ・西日本攻略
57〜72 激動期 ・東日本攻略
73〜80 怒涛期 ・残存勢力攻略
各所 名言・迷言集 _



●備考

 表のリンク先では、各項の注目点をまとめている。また、リンク先のタイトル部分のリンクは、上の表に戻るためのリンクである。
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予兆期

●藩政コマンド、藩兵コマンドを出すためにも、自藩の藩主を心服させなくてはならない。そのためには、家老から信頼値40を得なければならない(24ページ)

 本作のルールとして、2つ上の身分の要人と対面するためには、1つ上の要人の人物の「信頼」を「40」にしなくてはならない。しかし、藩が同じ場合に限り、2つ上の身分の要人と直接対面することができる。



純粋な勤王の志士、有馬新七との面会を繰り返し、尊王100%に戻す(25ページ)

 本作の「思想」には「尊王」、「公儀」、「佐幕」の3種類があり、これらが「100」の数値の中に割拠している。その中で最も高い数値が要人の「第一思想」となるが、プレイヤー要人の場合、「第一思想」が変わってしまうとゲームオーバーである。そのため、「説得」の失敗などで「第一思想」が低下した場合は、早急に回復する必要がある。

 このような時に便利なのが、プレイヤー要人と同じ「思想」で、かつプレイヤー要人よりも高い数値を持つ要人である。彼らと面会すると、その「第一思想」に影響されて思想が変動するため、この場合はプレイヤー要人の「第一思想」が回復することになる。

 ここでは、西郷の「尊王」思想が、「公儀」思想の島津久光の説得に失敗して低下したため、同じく「尊王」思想の有馬新七との「面会」を繰り返すことで、「尊王」思想を回復させるという役立て方をしている。しかし、この手法には、わざわざ「第一思想」の高い要人のもとに赴かなければならないという欠点がある。この欠点を解消したのが、下記の「同志」を利用する手法である。



史実の西郷は、後に藩主となった島津久光とソリが合わず、奄美大島、徳之島と2度までも島流しにあい、33歳から38歳までの血気盛んな時期を、苦悩の中で過ごした(26ページ)

 西郷が流刑になった時代の薩摩藩主は、久光の子の忠義であり、久光は藩主になっていない。しかし彼が忠義時代に国政を掌握し、実質的な藩主として「国主」と呼ばれていたことは事実である。



●そんな西郷にとって自分が使える藩主から信頼されないことは、否定されることの数千倍も切ないことだったに違いない(26ページ)

 ここで言う「藩主」は島津久光(上記のとおり事実誤認)のことである。リプレイにおいて、西郷がスムースに久光から「信頼」を獲得したことと、史実において西郷が久光に嫌われていたことを対比させているが、西郷自身も久光を嫌っていたと言われており、見出しのようなセンチメンタルな感情は抱いていなかったと思われる。
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胎動期

●忠義を心服させたことで、ようやく藩政・藩兵コマンドを出せるようになった(30ページ)

 「藩主」の「信頼」を「80」にすると、月末の藩政コマンドの操作が可能となるだけでなく、藩兵を動かすことができるようになる。つまり、「藩主」の信任を得ることで、その藩の実権を掌握できるわけである。なお、必要な条件は「藩主」の「信頼」だけであり、その「藩主」を同志にする必要はない。

 プレイヤーが藩に所属する要人でプレイしている場合、藩政コマンドの「人事」で自分の身分を上げることができる。これで身分を「家老」にしてしまえば、他藩の藩主と直接対面できるわけである。そのため、藩に所属する要人ならば、まずは藩主を心服させることが当面の目標とするべきである
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維新前夜

●攻防は朝、昼、夕、夜の4ターン続き、熊本藩の藩論を尊王へと変えさせる(33ページ)

 武力によって藩論が変わった場合、まず藩論そのものの変更があり、それに応じて思想構成要員の思想に影響が出る。そのため、仮に自藩の藩論が武力で変えさせられてしまった場合、プレイヤー要人が思想構成要員に含まれていれば、自動的に思想の数値の変動が起こることになる。



●西郷殿、島津忠義殿は同志を外れました(36ページ)

 プレイヤー要人と「第一思想」が同じで「信頼度」が「80」以上ある要人は、「同志」としてプレイヤー要人と同じように操作することができる。ただし、「信頼度」が「80」を切ると、その要人は「同志」ではなくなり、再びCPUの管理下に置かれるため、彼を再び「同志」にしようとするならば、探し出して再度の説得を行わなくてはならない。

 リプレイでは、見出しの通り島津忠義が一度同志から外れているほか、54ページでも鍋島閑叟の離脱に悩まされている。このことからすると、「80」という「信頼度」の数値は最低条件と考え、「100」まで上げておいた方が良いものと思われる。
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維新渦中

●これは、チャンスだ。彦根藩兵2がここにいるということは、彦根城には藩論に影響する藩兵1だけがいるということだからだ(48ページ)

 本作の藩兵は、城の守備専門で動けない第一部隊と、自由に動かせる第二部隊がいる。特に対策を講じずに城攻めをすると、この2つの部隊を同時に相手にしなくてはならないが、一度敵部隊を交戦した後に部隊を引き上げると、敵の第二部隊が追撃してくる。後は、控えていた部隊で第一部隊だけなった城を攻撃すれば良い。

 しかし、この手法は、単純に城攻めが楽になるだけではない。後々、その藩の藩兵を戦力とすることまで考慮するならば、未来の自分の戦力を温存することにもつながることになる。ライターも、この手法を以降の常套手段としており、ゲームを楽に進めるためには必須の手段であると言える。

 ただし、状況によっては、藩兵2の誘因状態が解除されてしまうことがある。本書の74ページ80ページでも、それによって誘因状態が解けた敵藩兵2が城に戻って攻城中の部隊に痛手を負わせ、作戦を失敗させている。



では、桂はなにをするかというと、鍋島のいわば思想母艦となり、鍋島の説得可動をサポートする(48ページ)

 25ページのテクニックの応用編である。「同志」を同行させて説得に赴き、「第一思想」が低下した場合は、この「同志」と「面会」させることで、即座に「第一思想」を回復させるという手法であり、同じ「第一思想」を持つ要人のところに赴く手間を省いている。
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激動期

●一度思想が変わった忠義は、西郷への信頼が0となってしまった(61ページ)

 プレイヤー要人の「第一思想」が代わるとゲームオーバーであるが、同志の「第一思想」が変わると、それまでに築いた「信頼」も即座に「0」になるということ。もちろん、即座に同志からも外れてしまう。このリプレイでは、再び忠義を同志に戻すことはあきらめているが、再度の取り込みを行うかどうかは、プレイヤーの忍耐と要人の利用価値次第といったところである。



ところが、第4ターンの攻防が終わったところで月末となり、各藩が思考に入り、藩政コマンドが発令されてしまったのだ。攻撃を受けている長岡藩は、当然藩兵1を増強してくる(74ページ)

 ここで注目するべき点は、おおむね見出しのとおりであるが、さらに前述の囮作戦を行っていると、その誘因効果もリセットされ、藩兵2は自藩の城に戻ってしまうようである。つまりは、戦闘を仕掛ける場合、月末近くは避けた方が良いということである。
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怒涛期

ここでとんでもないポカをやらかす。キー操作を誤って、福井城のあるマップに移動してしまったのだ。福井藩兵2もこれを追って福井城内に戻り、土佐藩兵に反撃、土佐藩兵全滅となる(80ページ)

 これも囮作戦の失敗の一例である。一度別のマップに敵の第二部隊を誘導したら、元のマップには戻らないようにする必要がある。
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