本稿の趣旨

本稿は『水滸伝』内の各種のデータをまとめ、図表化する事を目的としている。そのうえで、得られたデータから各種の考察を行うものである。テキストは、ちくま文庫の『水滸伝』全8巻(120回本)と岩波文庫の『水滸伝』全10巻(100回本)を使用した。



年数の算出

本稿の年数は、以下の計算によって算出されている。まず、『水滸伝』で最初に具体的な年数が出てくるのは、引首の「嘉祐3(1058)年  」であるが、これは本編とは直接つながらないプロローグ的部分であるため除外する。

次に年数が出てくるのは、第71回の「宣和2(1120)年」である。これ以降は詔勅などで年数が出てくることが多くなるため、これ以降については問題ない。要はこれ以前が問題となる。

第71回以前は、年数は出てこないものの月自体は頻繁に登場する。そして、例えば12月が出てきて次が1月となれば、年が明けたこと自体は分かるため、それを数えて宣和2(1120)年に到着し、そこから逆算して行けば、それまでの年数が分かるということである。

その結果、時系列的な年数は第1回の高俅が徽宗の車賀になったところまで遡ることができ、これを1年目とすると、宣和2(1120)年は10年目に相当することが分かった。つまり、高俅が徽宗の車賀となったのは政和元(1111)年であり、第2回で高俅が殿師府太尉に就任して実質的に物語がはじまるのは政和2(1112)年ということになる。

さらに、本編で最後に時系列を確認することができるのは、宋江が死んだ宣和6(1124)年であるため、『水滸伝』はおよそ13年に渡る物語であると結論付けることができる。本稿では、全てこの前提に基づいて話を進めることにする。



謝辞

原文はWikisourceの120回本、各種の史書はWebサイトの「中央研究院漢籍電子文獻」、暦の算出については、Webサイトの「両千年中西暦轉換(閉鎖)」と「hosi.org」を利用させていただきました。この場を借りてお礼を申し上げます。

 年表
 生没年表